愛つなぐ、香椎宮。
平成28年(西暦2016年)、境内の一角に新たに設置された看板にこの言葉が踊りました。
天皇の名代「勅使」を迎えて執り行なう、香椎宮で最も重要な10年に一度の神事、広く人々の幸福と世界の平和を祈る「勅祭」を平成27年に終えた翌年。香椎宮はこのキャッチコピーをきっかけに、次の10年後に再び行われる勅祭に向けて、様々な、新しい取り組みを始めます。
そして香椎宮の新しい取り組みの一歩目として、この言葉を象徴する作品として、一見絵画かと見間違えるほどに繊細な、水引で作られた本殿「水引香椎宮」が作られます。
白地の中に浮かぶ朱色の本殿。鮮やかに配置された色とりどりの水引。細やかな仕事をよく見ると、紙紐の結びが立体的に目に飛び込んできて、この作品全体が一つの水引であることに気づかされます。
8m幅の看板に大きく引き伸ばされ、「愛つなぐ、香椎宮。」のキャッチコピーとともに境内の入り口に映えるこの作品。作ったのは水引デザイナーとして幅広く活躍するTIER(タイヤー)の長浦ちえさんです。設置以降、多くの人々の目を楽しませているこの看板は人気となり、記念撮影をするカップルや、精彩な水引の描写を食い入るように見つめる参拝者が足を止めます。
「Eカシヒノミヤ」の原点でもあり、その後の香椎宮が様々な新しい取り組みを始めるきっかけとなった「水引香椎宮」。長浦さんに制作当時のお話や、水引のこと、これからのことをお聞きしました。
──そもそも水引って、どうして「水引」という名前なんでしょう?
実は、諸説あるんです。神聖な場所と、俗なる場所を区切る境い目に水を引いた、というイメージ的な視点が由来だとされたり、実際に水引を作るときには水糊を引く、という工程的な視点が由来だとされたり、水引が作られるところって昔は屋外で、川が近くにあることが多かったので、川の水が流れるよう、水が流れるよう、という風景的な視点から「水引」と呼ばれるようになった、など、色々あります。歴史が長すぎてちゃんとした由来がはっきりしていない、というところも大きいですね。
──歴史的には水引って、どういった由来のものなんですか?
それも諸説あるんですが、遣隋使の小野妹子が帰国の際に持ち帰った天皇への献上品に、紅白に染め分けられた麻紐が使われていたことが由来だとか、航海の安全を祈った魔除けの紐が由来だとか、室町時代、輸出入の際に使用していた紙紐が由来だとか。
──水引って、紙紐のことなんですね。
そうです、細い紐状自体のことを言います。「水引」って、熨斗袋など全体のことを指すように思われがちですが、飾りを作ってる紙紐のこと、素材のことなんですよ。
──2016年に、香椎宮から「水引香椎宮」の制作依頼をさせて頂きました。当時を振り返って、お引き受けになった時の心境はいかがでしたか?
ええ、子どもの頃の私は、「何でこんなにいっぱい人がおるのに出会う人って限られてるんやろう」とか、「目の前を通る人たちは知り合いじゃないけど、この場では一緒にいるんやな」とか、そんなことを考える子だったんです。
いつしかそれって、「ご縁」という言葉に置き換えられる感覚なんだと気づきました。私が携わっている水引ってそんな見えないご縁や想いを形にするものだと思っていますし、神社は、目に見えない祈りを捧げに来る場所ですよね。なので、私にとっては背筋が伸びる思いがしました。
──「愛つなぐ、香椎宮。」というキャッチコピーや、香椎宮の神様はご夫婦であること、大切な人の幸せを祈る場所なんですよ、など説明させて頂いた上で、元々は本殿ではなく綾杉を制作する、という話から始まりましたよね。
そうですね。夫婦の神様の愛を表現しよう、ということで、初めは神功皇后様が夫である仲哀天皇様を思い、広く世の中の平和を思ってお手植えされた綾杉をモチーフにしようとしていましたが、やはり一番象徴的なものはご夫婦がご一緒に鎮まる本殿でしょう、ということで本殿になりました。平面的に表現するとイラストっぽくなって香椎宮のイメージと離れると思い、立体的に、遠近感を感じさせるものを目指しました。大きな建物の細かい部分まで水引で表現しようとして、幅80cm、高さ40cmと結果的に今までで一番大きな作品になりましたね。
──細かく配置された色とりどりの水引で出来ている作品ですね。
頂いた写真を元に、直径約1mmの水引を点描のように細かく配置しました。水引の色は色数が限られているため、美術大学で学んだ油絵とは違って色を混ぜて新しい色を作ることが出来ないから、例えば相性の悪い色をあえて隣に並べて少しにごるように、グレーの幅を感じられるように工夫したりしましたね。頂いた写真を一旦白黒に置き換えて、濃淡のバランスを確認したり。水引で遠近感を出して大きな建築を表現することは難しかったです(笑)
──よく見ると水引らしく結ばれている部分もありますし、水引にも色んなものがありますね。
遠くから見れば、「絵かな?」と思うけど、近くで見ると「あ、水引なんだ」と驚いてもらえることは嬉しいですね。点描に使用した水引にも長いものや短いものがあって、制作のさなかで1本1本選び抜いた私の呼吸のようなものが作品全体に反映されていると思います。